CAPTAIN同志の北京玉流館レポ

 CAPTAIN同志から北京玉流館レポが届きましたので掲載します。青字部分が私の突っ込みです。

 玉流館の場所は北京市の空港に近い東北部に位置する新興住宅地、望京。韓国人駐在者や朝鮮族が多く居住する北京随一のコリアンタウンです。そのコリアンタウンの中でも若干場末に4階建ての大きなビルが聳え立ち、その1、2階にわれらが「玉流館」は店を構えています。入り口は写真の通り、朝鮮風のお屋敷の入り口のよう。4階建てのビルにはちょっと不似合いですが精一杯の自己主張なんでしょう。民族服の接待員が来客を案内してくれます。

 看板には「平壌玉流館第1分店」と書かれていますが、これを見て思うのは、数年前までソウルに存在したあの玉流館はいったいなんだったのかということです。平壌の分店だとかいや平壌はそんなこと言ってないとか。私も一度行きましたが、お値段はやや高めでした。

 中に入ってびっくり。とにかくでかい!パンフによれば1階は300席の大ホール。当日夕方予約の我々は入り口近くの席しかなく、舞台前は例によって韓国人団体客の予約が入っています。でも大ホールの真ん中より舞台よりなだけまだましかな?

むうう・・・ひ、広いっ!!広さが伝わってくる画像ですね。CAPTAIN同志から送られてきた紹介パンフによると、1階の総面積は3,200uで、360席あるそうな。そんでもって大宴会とか結婚式とかに使えってなことが書かれてます。パンフの絵はホンモノの玉流館ですね。

 我々のテーブル担当は陳同志。朝鮮人には珍しい姓です。へたくそな朝鮮語で注文だけはこなせますが、朝鮮語話せる日本人が珍しくて色々質問攻めにあっても半分くらいしか答えられましぇん(すんましぇん、私九州人です)。まして「あなたもしかして抗美援朝の中国義勇軍の居残りの末裔?」なんて洒落たことは質問できましぇんでした。

 私も延辺の朝鮮族で「陳」という人を知っています。また「唐」という名の朝鮮族も知っています。唐さんがおっしゃるには、大昔、中国から派遣された役人がそのまま朝鮮半島にいついたものの、その後延辺に移住したのだそうです。したがってもともと漢族だったのだが現在では朝鮮族になっているとか。

 我等が師匠、あんでんだ同志に敬意を表してイカの辛子炒めと焼肉、緑豆チジミに青島ビールと平壌焼酒を注文。総勢25名の接待員同志に対してほぼ満席の300人を相手にするので、接待員同志もテーブル最低3つはかけもちで忙しそう。

 朝鮮語のよく通じない我々のテーブルはちょっとおざなりになっていて、必要最小限のことしかやってもらえませんが、それでも箸は袋をちょいと破いて客が手で取れるように両手で差し出してくれるし、グループの1名がビールがだめで、最初に持って来たビールを注ごうとしたので「この先生はビールだめなんです。」と言うと、注ぐのを止めてすぐに焼酒を取りに行って、一人だけ乾杯に遅れないように心遣い。「中国人(漢族)だったら最初にビール注いでしまってから焼酒取りに行くよな。

待ってる内にビールも気が抜けちゃうし。」と一同意見一致。結局焼酒の方が先に杯に揃い、「ワンシャ!」取り敢えずのビールも飲む暇なく、後はご想像の通り、焼酒のメートルがぐんぐん上がりました。公演は7時半からが10分遅れで始まり。定番の「パンガップスムニダ」で始まり、「アリラン」、「口笛」、「トラジ」など数曲と農村踊り(いつもの農村男女の出会いの踊り)が続き、最後は「我々はひとつ」という統一歌で締めくくられました。

 この店はカラオケと生伴奏を使い分けての公演です。何しろホールが大きいので、接待員もテーブルを廻り、握手やら記念撮影を受けながら、チップの花束をもらいながらとサービス満点。昨今の北レスには欠かせないK-oyaji達も大喜びです。歌を歌っていた接待員同志の肩に手を回して記念撮影をした若い韓国人男性が彼女と思しき女性にどつかれてましたな。気持ちはわかるがちゃんとシチュエーションわきまえろよな。

 このK-oyaji(おっとK-oppaか)もとんだ災難でしたね。でもノリ始めると後先考えないのもK-oyajiの特徴ですから。特に酒飲み始めると、明日のことは完全に考えてませんな。このへんラテン系ですな。

 よく見るとステージ上部には金正日花、そしてその横には「パンガプスムニダ」と書かれているんですね。広い場内を回りながら歌う接待員同志の様子がよくわかります。

 そこそこ満腹になり、お勘定済ませて店を出ようとしたら店の入り口に朝鮮グッズの販売コーナー。朝鮮歌謡のVCDがあったので、値段聞くと1枚70元。酔いに任せて「口笛」の入っているVCDを買いました。ついでに土産物入れの紙袋も「記念に」とゲット。

 北京海棠花本店でオリジナルのみやげ袋が確認されていますが、玉流館のは紙袋なんですね。VCDは画像プラス字幕が出てくるものでしょう。これは北POPのいい練習になりそうです。

 ビルの2階はパンフの通り、個室中心で、60人くらい収容可能です。3、4階はホテルとなっていて別経営です。「ハンチビエヨ?」と聞きましたが、答えは「アニムニダ」でした。「ウォーカーヒルホテル」という名前で、KTVが併設されています。KTVの方が「玉流館」の名刺に一緒に記載されているのはやっぱりK-oyajiを意識して?平壌焼酒の大瓶が災いして、珍しく2次会なしで帰って参りました。

 これがウォーカーヒルの看板です。名刺にもハングルで「ウォーカーヒルルームサロン」と書かれています。↑う〜ん。北レスとホテルは違う経営なんですか。この名称は明らかにソウルにある、カジノで有名な「シェラトンウォーカーヒルホテル」のパクりだと思うのですが(ちなみに2005年9月、北朝鮮女性応援団が宿泊した仁川パラダイスホテルは同じ系列)、「ウォーカーヒル」という地名自体、朝鮮戦争で殉職したアメリカ人、ウォーカー中将にちなんでつけられたものなんですが、このことを階下で働く接待員同志達は知っているのでしょうか?知ったところでどうしようもない気もしますが。

 ちょっとここは忙し過ぎ。せっかくの北レスの「真心からの御奉仕」が堪能できず、ちょっと残念でした。安定した収入源のためには団体を入れるのは仕方ないのですが、ふらりと個人が訪ねるのには向きませんね。北レスはやっぱり歌や踊りの表情がよく見える程度の距離の中小規模店の方がサービスも目が届いていて好きです。

 おっしゃるとおり。中小規模店の方がきめ細やかなサービスを受けられますし、顔も覚えてもらえますもんね。私が大連平壌館をごひいきにしているのはそういう理由もあるのですよ。ただ大規模化、高級化が顕著な昨今の状況を鑑みるに、我々好みの北レスは増えそうにありませんね。

                                (CAPTAIN同志 2005年6月1日訪問)

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