韓国に北レス?済州島大同江訪問記
 2009年8月中旬、CAPTAIN同志より私に連絡が入った。「夏休みに遊びに行った済州島で“大同江”という名のレストランを偶然発見。たまたま出てきた女性に“平壌から来たのですか?”と聞いたら“そうです”との答え。店内は暗く、“口笛”が流れていた。」とのこと。韓国に北レスなんてことがあるのだろうか・・・。謎を解くため私はさっそく済州島に飛ぶことにした。
1.実は済州島初めて
 韓国行きはちょうど30回目の私だが、済州島は実は初めて。韓国の中でも北朝鮮っぽいものとは最も縁遠いと私が勝手に思っていたこの地に北レス疑い例のお店が発見されたのは皮肉である。

 韓国に行くためにはまだビザが必要であった86年のソウルアジア大会以前、日本から済州島行きの便は伊丹空港からしかなく、しかも済州島に限ってはノービザだった・・・なんて話をしてオヤジ扱いされるのも楽しいかもしれない。

 CAPTAIN同志からはすでに名刺をスキャンしたものが送られてきており、場所は簡単にわかった。また 平壌統一芸術団のサイト http://www.pyytn.net/(現在はサイト休止中) で大同江が紹介されていたので済州島には済州店と新済州店があり、CAPTAIN同志が発見したのは新済州店であることもわかっていた。

 新済州店の営業時間は午前10時から明け方3時までとなっていたので午後3時頃に訪問するも施錠されており、かといって営業をやめてしまった風でもない。その後すぐタクシーで10分ほどの済州店に行ってみたが、こちらも施錠されていた。
 こちらが新済州店。CAPTAIN同志が偶然発見したのはこちら。  こちらは済州店。旧済州地区に位置する。

2.夜再訪。果たして北レスなのか!?

 前日あまり寝ていなかったこともあり、安宿での昼寝から目覚めたのは午後7時半。まずは済州店へ向かう。しかし、ここで私はビビってしまった。済州店は旧済州地区のバスターミナルの向かいにあるとはいえ、夜になると周囲は暗く、人通りも少ない。そんな中で北レスかどうかもはっきりしない店に一人で入るのはナニゲに勇気がいる。うーんどうしようなんてことを考えながら歩いているうちにあっという間に着いてしまった。

 おおおおっ!!灯りついとる。営業してるなこりゃ(そりゃそうだって)。  おおおおっ!!下り階段っ!!地下だったのかっ!!なんだか怪しいぞっ!!
 
 結局20分ほどお店の前で逡巡してしまったが、ここまで来て入らないのもアレなので、ようやく決意を固めて階段を下り、お店に入った。すると・・・・中には客はおらず50がらみの女性が二人(年齢は推定)、ヒマそうにダベっている。オレを見るとオソッセヨ〜ン(いらっしゃいませ)と言い臨戦態勢へ。


 店内は照明が暗く、北朝鮮から来たと思しき同志達は見当たらない。ひょっとするとさっきの50がらみの女性がオレの相手をするのか・・・。よく見るとミニスカをはいている。なんだか怪しいむんいき(※注1)である。
 店内はこんなカンジ。公演ができそうなステージがある。“北韓カフェ大同江”“平和の島済州”なんて書かれている。  ザッパーン。どこだろう?岩があんまり海金剛っぽくない。済州島の海かもな。
 
 やがてさっきの50歳ミニスカ女性が注文を取りにやってきた。私はこの種の韓国のお店で飲むのは初めてだったのだが、ビール4本とつまみとフルーツとでセットになっているのだという(“基本”という言い方をしていた)。


※注1「むんいき」とは・・・「ムード」と「雰囲気」を掛け合わせた私の造語。なんとなく怪しかったり、ちょっとエッチな場合に使われることを想定してるが、状況に応じて柔軟に使用するものとする。

3.新済州店にいますよ。

 予想どおりこの50歳女性が隣に座ってきた。私が日本人だとわかって、「東京から来たのか?」とか「なぜ韓国語話すのか?」などという差しさわりのない話題から入ったが、ちょっと酔ったところで最も知りたかったことを聞いてみた。

あんでんだ「ここには北朝鮮から来た女性はいないの?」
50歳ミニスカ「みなソウルに行きました。秋夕(韓国の旧盆で2009年は10月上旬)にソウルに行けばいいですよ。」
あんでんだ「新済州店にはいるの?」
50歳ミニスカ「はい。あっちにはいますよ。」


 おおおっ!!そうだったのか!!入店から20分。わたしは早くも新済州店に行きたくて行きたくてたまらなくなってしまった。しかしこの50歳ミニスカ嬢からは貴重な情報を得ることができた。大同江は脱北者で構成されている“平壌統一芸術団”によって運営されているのである。そしてこの50歳韓国人ミニスカ嬢は平壌統一芸術団の関係者でもあった。

 ってことは私が勝手に作った北朝鮮レストランふぁんくらぶ会則第1条「北朝鮮レストランとは、北朝鮮から来た女性が勤務し、時間帯によって歌を歌ってくれることもある、北朝鮮以外に存在するレストランのことを言う」に合致するか微妙なところではある。脱北者は北朝鮮から来たには違いないが、韓国に定住しているわけで、北レス認定は見送らせていただく。

 とはいえ新済州店に北朝鮮女性がいることには変わりない。この後20分ほどテキトーに話をして大同江済州店を後にし、ロキロキ気分で新済州店に向かった。

4.新済州店はナイトクラブっぽかった

 やがて新済州店に到着。今度は躊躇なく中に入ると・・・おおっ!!今度は若いっ!!しかも美人っ!!黒のチマに白のチョゴリッ!!早速席に案内される。済州店が喫茶店風のつくりだったのに対し、ここはボックス席のナイトクラブといった印象を受ける。女性は見たところ6名、席数は150席程度か。
 夜の新済州店。済州店のエリアに比べ華やかなイメージ。  店内にこんなパネルが。漢拏山(韓国)と白頭山(北朝鮮)が両サイドにあり、その間に二度に亘った南北頂上階段の写真が3枚。同じものが済州店にもあった。
 
 私の隣に座ったのは金同志。かなり美人である。脱北者であることを告げられなくても北朝鮮女性特有の、恥じらいの中にも背筋がピンと伸びた感じですぐにそれとわかっていただろう。念のため言っておくが、北レスはレストランであってナイトクラブではない。それに対して私が大同江新済州店を「ここはナイトクラブだ。」と強く感じたのは、頼みもしないのに女性が隣に座ってくれる点である。そして頼みもしないのに「こちらはいかがですか?」と高いセットを勧められることである(笑)。最初23万ウォンのセットを勧められたが、チと高いので15万ウォンにした。韓国製スコッチ、“ウィンザー”の小瓶、ビール数本、乾き物、フルーツである。金同志に「記念に写真撮っていいですか?」とたずねると恥らいながら「公演中の写真なら・・・」と答えてくれた(北朝鮮っぽい!!)。

 次に座ってくれた白同志は中国に北レスが多くあることを知っており、中国のどこに多いかと聞いてくるので「北京と瀋陽。最近減っている。」と答えた。「長春にはないでしょう?」との質問には「仁風閣があるが、接待員は平壌ではなく恵山から来ている。」と答えておいた。この白同志は驚くべきことに中国語が話せる。平壌で学んだという。

 やがて気づいたのだが、客は彼女達のことを“アガシ”と呼んでおり、脱北者である彼女達は自分達の生まれ故郷のことをためらいなく“北韓”と呼んでいる。やはりここは北レスとは違った空間である。私は最初のうち北朝鮮の話題を出していいものかどうか迷っていたのだが、北朝鮮を旅行した時の話をしてあげたり、北朝鮮の歌を歌ってあげたりしたら大喜びしていた。

 金同志に「韓国に来てみてどうですか?」と聞いてみたら「う〜ん・・・半々ですね。」と言うのでもっと具体的に聞こうと思った時に「公演準備〜」との声がかかって一旦下がってしまい、その話題は立ち消えになってしまったのが残念だった。

 開演を待つステージ。よく見るとまさに大同江沿いの平壌市街の様子が見える。柳京ホテルは頼みもしないのにここでも目立っている(笑)→中央の尖った三角  一曲目。予想どおりパンガプスムニダでスタート。全員公演用に着替えている。
   
ちょっとブレてしまったがこのように踊ってもくれる。  北レスのステージと違うのは照明を落としてスポットを当てることと、一曲ごとにこの男性が曲名を紹介することだ。
   
 歌う金同志。どーだ美人だろう。恥じらいを帯びた微笑がたまらんス。  このシナッとした感じが北朝鮮だよなあ。

 この日の公演は9曲。オープニングのパンガプスムニダの他にアリラン、野ばら、口笛といったお馴染みの曲の他に韓国歌謡も歌ってくれた(彼女達は“南韓歌謡”と呼んでいた)。中国語の歌がないことを除けば北レスのステージと同じノリで、とてもロキロキした。また上の画像で曲名を紹介している男性は平壌統一芸術団の責任者のようである。気がつけば9時の入店から3時間近くが経ち、北レス以上にパンガプ的(※注2)な彼女達のもてなしに、ボトルは2本目に入っていた。もっとゆっくりしたかったが、翌日はソウルへの移動の予定があり、0時で安宿へと戻ることにした。出口まで見送ってくれるのも北レスと同じであった。

※注2「パンガプ的」とは・・・韓国語(朝鮮語)で「会えてうれしいです。」を意味する「パンガプスムニダ」に「的」をつけた私の造語。コリアン特有のおもてなしマインド溢れた接待によりかもしだされるヨいむんいきを表現している。日韓首脳会議も「友好的な雰囲気の中で行われた。」と表現するよりは「パンガプ的なむんいきで行われた。」とした方がむんいきがよく伝わるのではないだろうか。

5.ソウル本店は閉まっていた

 冒頭で紹介した平壌統一芸術団のサイト http://www.pyytn.net/ は惜しくも2009年9月下旬で休止状態になってしまった。平壌統一芸術団についてもって勉強しようと思った矢先のことだけに惜しい。ただ平壌統一芸術団は全員が脱北者で構成されており、団員は15名だったと思う(印字しておくんだった!!)。そして韓国各地で公演を行っており、日本にも来たことがあるという。推測だが芸術団としての公演が忙しい時期は今回の済州店のように大同江には出ず公演に専念しているのではないだろうか。

 コリアンは歌がうまいという印象はあるが、脱北者全員が芸達者というわけでもないだろう。厳しい訓練の後に団員として認められるに違いない。またいかなる理由があるにせよ北朝鮮から逃れてきた彼女達が脱北者であることを売り物にして生きていかざるを得ない現実が存在する・・・なんてことは帰国してから考えたことで、新済州店では我を忘れてはしゃぎまくっていた。

 この大同江、実はソウル本店が存在する(前述のサイトの情報)。所在地も詳しく書かれていたので探してみたところ、すでに閉店していたことが明らかになった。
   
清渓川沿いのこの建物の2階にあったと思われる。近所の衣料品店のオヤジが「もう閉めて一年くらい経つねえ・・・」と言うので2008年夏から秋には閉めたのだろう。  

 そういえば済州店の50歳ミニスカ女性が「秋夕にソウルに行けばよい。」と発言していたが、それはお店のことではなくソウルのどこかで公演があるという意味だったのだろうきっと。


 お店の名刺の表と裏、そして平壌統一芸術団の宣伝パンフをアップしておく(クリックで拡大)。名刺は済州店、新済州店共通であり、白頭山天池をバックに「平壌統一芸術団が直接経営する北韓カフェ大同江」と書かれている。そして中央会長として金某氏の名前が記されている。

 また裏面にも同じく中央会長として金某氏の名前が見えるが、「平壌統一芸術団“北韓”倫理委員会」となっており、「倫理委員会」っていったい何だ!?と思うが、サイトが見られない今となっては知る由もない。

 
そして最後に私の北レス取材ノートに白同志が書いてくれた「済州島 大同江 パンガプスムニダ」の文字。これぞパンガプ的歓迎。とてもロキロキした。

 済州島大同江は脱北者により構成されたナイトクラブだった。ただしお客様を歓迎する心は北レスと同じ。ソウル本店がなくなってしまったのは残念だが、また済州島に飛んでパンガプ的むんいきを心ゆくまで堪能したいものだ。(2009年9月5日訪問)