大連平壌館訪問記〜目線上手コちゃんが明日に架ける橋
実は私は仕事で大連を頻繁に訪問する機会があるのみならず、以前大連に住んでいたことがあるのだ。そういったわけでここ、大連平壌館も何度も来ている。大連在住日本人のためのミニコミ誌に飲み会の広告を出して平壌館を指定した時なんぞ、会社に直接接待員同志から電話がかかって来て驚いたものだ。まあ少人数だし予約しなくてもいいだろうと思っていた私が甘かったようで、「ホントにやるのか?」という内容だった。それにしても日本人向けミニコミ誌までよく見てるもんだな。
ってなわけで実は接待員同志達とも顔見知りになる程通ったもんだがその後私は帰国。でも年間3回程度は訪問して旧交を暖めつつ舞い上がっているワケだ。今回は03年12月27日に訪問したのだが、ハレ!?看板が新しくなってないか?店構えも以前と違うぞこりゃ。
ちょうどお店の前では什器の搬入の真っ最中だった。改装中だなこりゃ。そんなにもうかってんのか?
ほれ。上と対比しつつ見てちょーだい。以前はこんな感じだった。
中はこんなカンジで工事中だったんだが、「いつ新装開店するのか?」と聞いたら「不知道(知らない)」との予想通りの言葉が帰ってきた。「いつ工事が終わるのか?」くらいの質問にしておくべきだったなこりゃ。
どう考えても今日の新装開店はなさそうだし、明日には牡丹江に向かわなきゃならない。こりゃ今回はモノにならんなと思いつつ平壌館を後にしたのだこの時は。
そして1月2日、中国東北地区北レス調査を終えて大連に戻って来た私であったが、12月27日に工事中であった平壌館がその5日後に開いているかどうか、はなはだ疑問である上に、夜は別のところで用事ができてしまった。しかしまあちょっと覗いてみるくらいはいいだろうと行ってみると・・・・
あっ!! こ、これは・・・ ひょ、ひょっとして・・・ あっ!!明かりついてる!!
おおっ!!ラッキー!どうも営業してるぞこれは。ってなわけで30分程度なら時間あるんでビールの1本くらいは飲めるだろう。接待員同志との3ヶ月ぶりの再会に胸躍らせて新生平壌館に入ってみると・・・
白と緑の民族服を来た接待員同志が4名。しかしどうも様子が・・・顔ぶれが変わっているのだ。これまでの大連平壌館は滞在3年ほどの接待員同志が多く、平均年齢が想定27歳と比較的高めであり、高齢化(失礼!)が気になっていたが一気に若返ったように思える。4名中以前から残っているのは1名のみ。他の接待員同志から「オンニ=お姉さん」と呼ばれていた。
お店は特に混んでおらず、私の他には韓国人と思われる3人組のみ。「オンニ」を呼んで話を聞くと、大晦日に新装開店して本日で3日目。以前の接待員同志は平壌に帰ったのだそうだ。私と仲良しだった金接待員同志の行方を聞くと、平壌市内のホテルで働いているはずだがどこのホテルかは知らないとのこと。残念だが次回平壌に行く時、偶然の再開を願うことにしよう。
1.もう一度一から出直します
2.黒い花びら
3.明日に架ける橋
北レス接待員同志にはいつもいつもご親切にしていただき、ホントーにカンシャしておりまっす。しかし、突然だが今後北レス接待員同志には分野別NO.1を決めさせていただくことにした。なんでかというと大連平壌館の新顔接待員同志はなかなかイケていたからである。
これはオンニ(お姉さん)接待員同志に頼んで撮ってもらった写真である。う〜んちょっとボケてますね。ここでは平壌市内の絵をバックに撮影するのがお約束。
歌い始める瞬間すでにこの目線
ずっとこの目線を外すことはなかった
新顔の一人、崔接待員同志。北レス接待員の中にはレンズを向けると恥ずかしがってしまって下を向いてしまう人もいるのだが。それはそれでカワイイ。
しかし、彼女のように目線というものを明確にくれるのもまたシビれる。下手な東京モーターショーのRQよりも上手。よって崔接待員同志には「クィーンオブ北レス目線上手コちゃん(意味が重複してるような気もするが)」を贈呈することにした。何もあげてないが。
そ、そして主に私をお世話してくれたのがこの接待員同志であ〜る!!かっ、カワイイ・・。「スタ誕」なら札が20枚以上挙がることであろう(古いっ!!)
まだ赴任したてのようでいくぶん接客に照れが見えるがそこがまたたまらんス。それにしても彼女、若く見えないか?二十歳そこそこかなあ?高校生でもいいくらい。名前を聞くと「林○○です。」と恥ずかしそうに答える。「漢字でどう書くの?」と聞くと「申し訳ございませんお客様、次回までには必ず書けるようにしておきますので。」と頭を下げる。れ、礼儀正しい・・・
私には決してロリ趣味はないのだが、林接待員同志には「ロリータ接待員オブ北レス(今度は意味重複してない?)を贈呈するっ!!」 つづく
4.ハリウッドスキャンダル
これまで書いてきた通り、2003年12月31日を以って大幅に接待員同志が交代した大連平壌館であるが、以前はこういった同志達が勤務していた。
左が2002年2月、右が2003年9月に撮影したものである。この金同志は3年に亘って勤務し03年12月一杯で帰国したのだが、2003年9月当時で年齢が27歳であり(ずうずうしくも聞いてしまったのだ。多分数え年)、だいたいそのあたりが在中北レス勤務期間の目安かなってカンジがする。
大連平壌館には何度も行ったので彼女は私の顔を完全に覚えてくれ、よく話し相手になってくれたものである。冒頭で書いた「本当に宴会やるのかと日本人向けミニコミ誌を見て電話してきた同志」も多分彼女である。
これがその宴会の時の画像だが、明るく親切な北レス接待員同志はすぐに人気者になってしまった。この記念写真のイケている雰囲気が全てを物語っているであろう。
実はこの時、私の誕生日の直前で、それを知っていた仲間が私に店内で高麗人参茶(韓国製!!)をプレゼントしてくれたのだが、それに気づいたこの接待員同志が「ちょっと私に見せていただけますか?」とツカツカと近づいてきて商品を手にとり(ゲゲッ!!)「大韓民国産」との表記を確認すると「テ〜ハンミングクぅ〜(大韓民国)!?」とダウンタウンの浜田のような口調で私に突っ込みを入れるのであった。
もちろんこれは本気で怒っているワケではなく、「高麗人参の本場はわが国の開城なのです。是非一度開城で本場の人参茶や人参酒をお召し上がりになってください」と言って、大韓民国産人参茶を返してくれた。
まあそんなワケで大連平壌館にはお世話になった。ところが「週刊文春2003年1月16日号」巻末白黒グラビアに「不肖・宮嶋、北朝鮮『美女?』クラブで仕事始め」という記事が掲載されている。氏は人をおちょくった文章を書くのが芸風のようだが、大連館のことを地元民が恐れる怪しいところであるかのように書いたり、焼肉がマズいとか閑古鳥が鳴くとか(まあたしかにヒマなことも多いのだが)フザけた書き方をしている。
北レスの良さは中国という砂漠のようなサービス不毛地帯にあって、接待員同志の心からのお客様をもてなそうという気持ちを感じられるところにあるのだ。その辺をしっかり書いてほしかった。興味のある方は図書館で探せば見つかるでしょう。大連高麗館のことも書いてある。2004年じゃなく2003年だから気をつけてね。
富麗華(フラマ)ホテルを背中にして右に歩けば看板が見つかるはず。お店自体は小さな通りにあるので看板に従って探してみて。へへ。名刺にサインもらっちゃった。
これは10%割引券。最近は配っていない模様。この角度の千里馬像って珍しいと思うんだが・・どう?
(2004年1月2日訪問)