開城ツアー体験記(1)/憧れの入国スタンプ

 2008年2月、公私共に馴染みの銀行の外為窓口に足を運んだ私。海外旅行に行くため珍しく円をドルに換えに行ったのだ。

馴染みの行員「今回はどちらにお出かけですか?」
私「北朝鮮なんですよ。」
馴染みの行員「・・・・・え?」
以下皆様ご想像の通りの会話が続くので中略。
馴染みの行員「で、何泊されるのですか?」
私「日帰りなんですよ。」
馴染みの行員「・・・・・へ?」

驚くのも無理はない。この場合「ソウルから日帰り」と言うべきだったと思うが、韓国現代アサンが主催する開城行きバスツアーが2007年12月5日にスタート。私は2008年3月1日のツアーに参加することにしたのである。開城は高麗の首都であった古都で、38度線の北側に位置する。開城ツアーを報じる朝鮮新報の記事はここ
1.早朝からロキロキ
  ・・・眠い。前日仁川空港着22時10分の福岡便で到着した私。投宿は23時半で起きたのが朝4時過ぎだからそりゃ眠い。旅行代理店からのお達しでは朝5時40分、光化門近くに集合とのこと。この時期のソウルはまだ暗い。バスに乗り込むと運転手に「お名前は?」と韓国語で聞かれたのでテキトーに答えて一番前に座る。その時、目に飛び込んできたものはっ!?
おおおおおおおっ!!「北側案内員指定座席」となっ!!ってことは北朝鮮に入ればここにバッジをつけた革命的人民が座って偉大なお方を褒めたり、キミたち自主性がないと叱ってくれたり、我々日本人客の存在に気づくと“殲滅しちゃうぞ”とおどけてくれたりしてくれるワケだなっ!!

北朝鮮は何度も行っているが、陸路で韓国から北朝鮮に入るのは今日が初めて。なんだかすっかり目が覚めてしまった。


この表示は進行方向右側の最前列に見られる。一発目のロキロキとしてヒジョーにヨい。そう、開城旅行はもう始まっているのだ。
やがて何の案内もなくバスは滑るように出発。ここでこの日の日程をリアルタイムで書き記してみた。

05:40 光化門近く指定場所に集合。バスに乗車。
06:04 出発
06:18 地下鉄麻浦区庁駅に止まる。ここで韓国人客多数と日本語ガイドが乗ってくる。
06:57 民統線通過。「統一の関門」と書かれたゲートをくぐる。
07:00 韓国側出入事務所到着。所持品全てを持って下車。事務所2階で必要書類一式を受領し、
     電子機器を預ける。売店見たりトイレ行ったり。
07:30 事務所1階に集合。出境検査。
08:00 バスに乗って北側へ出発。
08:07 北側出入事務所到着。入境検査開始。
08:15 検査終了。バスへ戻る。
08:30 北側案内員が2名乗車する。
08:33 開城市内へ向け出発。右に板門駅がよく見える。
08:45 バスは左に曲がり、工業団地を離れ住宅地へ。
09:05 北側ガイド、首領様が7歳にして鴨緑江を渡った逸話を紹介。「鴨緑江」の歌を歌う。
09:34 朴淵瀑布駐車場到着。朴淵瀑布、観音寺、大興山城見学。
11:43 出発。
12:19 開城の南大門通過。
12:20 民俗旅館到着。昼食とお買い物。
13:26 出発。
13:36 ッ陽書院着。見学。
14:10 善竹橋着。見学。
14:50 高麗博物館着。見学とお買い物。
15:50 出発。
16:10 開城工業団地内通過(往路は外周を通過しただけ)。
16:25 北側出入事務所到着。北側案内員とお別れ。
16:35 出境審査終了。バスの中で待機。南側出入事務所が17時でないと開かないからとのこと。
16:53 バス動く。
17:00 南側出入事務所着。入境検査開始。
17:15 検査終了。バスに乗る。
2.韓国側出入事務所に到着

 光化門近くの集合場所を出発したバスは真っ暗な中、約15分で地下鉄麻浦区庁駅前に停車。ここで日本語ガイドと韓国人客が乗り込んできた。韓国人客は50代以上が多いように見えたが、その娘と孫(赤ちゃん)の三代で参加している客もいた。日本語ガイド付きを頼んだ日本人客は、ガイドがいないまま集合地点を出発してしまったためビビってたじろいでしまったかもしれないが15分間のガマンである。

 やがて民統線(民間人立ち入り禁止区域)を通過すると間もなく韓国側出入事務所に到着した。朝の7時。ようやく夜が明けて明るくなった。すでに多くの人がおり、事務所内はごった返している。ここには15台のバスがソウル市内各所から客をピックアップして集結したのだが、京義線臨津江駅に車を停めてシャトルバスで来ることもできるのだ。我々が到着した時には事務所内の食堂がすでに多くの人で賑わっていたのはそういうことだったのだろう。
韓国側出入事務所に到着したバス。フロントガラスの左下に小さく「1」の数字が見えるが、これは「江北1号車」を表している。ご存知のようにソウル市は漢江を挟んで江北と江南に分けられるが、江南の蚕室やアプクチョン洞からもバスが出ていたわけで、そちらは江南1号車・2号車・・・となっていた。

この日、バスは15台態勢だったがこの後旅行社ごとに再度振り分けられ、私が乗った江北1号はこの後「4号車」に変身していた。従って早朝の集合場所に早めに行って、いい座席をゲットしたと思っても全く意味はない。
出入事務所外観。京義線道路南北出入事務所と書かれている。 その内部。多くの人でごった返している。

日本語ガイドに導かれて事務所2階へ。ここで必要書類一式を受け取り、電子機器と印刷物はすべて没収される(あとで返してもらえる)。私はこの時点で日本語ガイドの日本語がチョーへたチョだということに気づいていたので、愛用の朝鮮語電子辞書を是非持ち込みたいと思っていたが、これも没収されてしまった。他の客は携帯電話とか旅の韓国語会話とか、そういうものも没収されていた。また使い捨てカメラも絶対ダメとのこと。要するに北朝鮮側がその場で内容をチェックできるデジカメ以外はダメなんだなと感じた。現代アサンから手渡された書類一式は以下のとおり

・開城観光証と書かれた顔写真入りの二つ折りの書類。貴重な北朝鮮入境スタンプが押してもらえるが北朝鮮出境時に回収される。
・開城観光客と書かれた顔写真入りの一枚紙。外から見えるように透明プラスチックケースの前面に入れろと指示される。身分証明書の役割と思われる。
・開城観光利用券と書かれたコンサートの入場券みたいなもの。左半分に「回収用」と書かれていたが結局何もなかった。
・開城観光と書かれた15ページの小冊子。これに注意事項、訪問先、日程表すべて書かれている。

これにパスポートを加えて透明プラスチックケースに入れ、常時首から提げておくように指示されたのだった。
ケソン観光発券場は2階。 2階でアレとかコレとか没収されたうえにコインロッカーとはどこまで貪欲なんだ現代アサン様!!
2階には売店があり、すでに北朝鮮の酒とか干キノコなんか売っているのだが、買うのならやはり開城で買うことにして、やがて7時半に出境開始。
「出境⇒」である。念のため言っとくが「出国」ではない。言うまでもないがお互い相手を国とは認めていないので「国」を「出る」ことには理論上ならないのである。パスポートには「トラサン⇒ケソン」と書かれた出境スタンプが押される。 出境の様子。500名近い人がダラダラと進んでいく。韓国人は観光証と身分証のみ見せていた模様。出境はスムーズ。

韓国側出入事務所の出境検査を終わるとこういうところに出る。向こうにバスが待っている。指示されたバスに走れ!!いい座席をゲットしたかったらなっ!!北朝鮮までもう一息だ!!


3.北朝鮮側出入事務所へ

 1号車に全員集合(ここからバスがかわる)。30名くらいか。私は進行方向左側に席を取る。特に理由はない。8時出発。南北間の緩衝地帯を通って北朝鮮側出入事務所へ向かうのである。バスに現代アサンの職員が乗り込んできて「写真は許されたところ以外はダメ。北朝鮮を出る時に内容チェックがあり、画像消去だけでなくカメラそのものが没収される場合がある。」とキビし〜いお達しが。バスの中にはビデオが流れてこれから訪問する観光地の映像と注意事項。そして南北直通鉄道が将来は国際列車になるであろうなんて調子のいいことを言っていた。
おお。ソウルとケソンの表記が見える。ロキロキ感が高まる瞬間である。 車内ビデオに見入るK-oyajiども。写真撮れるのはせいぜいここまで。ほどなく8時7分、バスは北朝鮮側出入事務所に到着したのだった。



 8時7分北朝鮮側出入事務所到着。ここからは本当に撮影禁止である。事務所には我々北朝鮮マニア&北レスファンにはチョーお馴染みの「パンガプスムニダ」が流れている。荷物検査のためのX線検査装置にはメーカー名が入っており「daedong」と読める。漢字で表記すれば「大同」であろうこの会社、社名は明らかに平壌市内を流れる大同江から来ていると思われるがソウル市内に本社がある。

 入境検査はスムーズ。検査官は朝鮮人民軍の制服を着ているので軍人なんだろうが、愛想は良くも悪くもない。観光証を見せると手元にある顔写真一覧と観光証の顔写真を照合していた。検査の列はバスの号車ごとになっていたが、なるほどこういう理由があったのである。

 北朝鮮マニアの間では広く知られていることだが、通常中国から北朝鮮に入る場合、入国検査時に日本人のパスポートには入国スタンプは押印されない。出国時も同様。私は実際に審査官に「スタンプ押してください。」と頼んだことがあるがダメだった。そういうわけで憧れの入国スタンプだったが、望んでいるのとは違う形で実現してしまった。
韓国側から出境した時のもの。都羅山→開城の文字が見えるが、これは通常のスタンプに専用の角印を追加で押したものである。パスポートに押される おおっ!!これッス!!これが欲しかったんッス!!「通行検査所」かあ・・・微妙な表現だなあ・・・。「朝鮮」と「開城」の間の☆がなんとなくカワイイですね。これが押印された「観光証」は北朝鮮で出境時に没収されてしまうので、記念にしたい人は開城滞在中にデジカメに撮るべし。 そしてこれが韓国入境時のスタンプ。このように韓国側はパスポートに、北朝鮮側は観光証に押印していた。北朝鮮側はパスポートを見ることさえしなかった。
 晴れて北朝鮮に入境した我々。すでに15台のバスが我々を待っている。出入事務所から一歩外に出ると遠くの方に開城工業団地が容易に確認できる。出入事務所は高台にあるのだが、見下ろした位置に南北縦貫鉄道(京義線)板門駅が見える。我々旅行者がこれまで目撃してきた北朝鮮の駅とは明らかに違い、上半分がガラス張りのようなデザインだが、「太陽像」と呼ばれる晩年の金日成主席の肖像画を高い位置に掲げ、その両脇にスローガンを配置したあたりは北朝鮮ならではである。スローガンは「偉大な領導者金正日同志万歳!」と「栄光の朝鮮労働党万歳!」であることがかろうじて肉眼で確認できる。

 8時15分頃にはすべての客が入境検査を終えてしまい、ガイドが「あと一時間くらいトイレにいけないから今のうち行ってください。」と触れ回っている。駐車場には韓国ロマンソン社が寄贈したと思われる「ウリヌンハナ=我々はひとつ」という文句と青い南北朝鮮図が書かれた大きな時計がある。ここで画像が見られる。また韓国ロマンソン社のサイトを開くと、いきなり「2005年に開城工業団地で数量限定で作った初の南北協力による平和の時計」という商品が数量限定で売られている。ここでも見られる(時計に鳩飛んでますね)。

 出発の8時半が近づいてきた。客は私を含む日本人客5名、カナダ人の男女(多分夫婦)、あと韓国人たくさん。全員バスに乗り込みスタンバっており、やがて乗り込んでくるだろう北朝鮮側の案内員を待っている。果たしてどんな人物なのか?マンセーを叫びながらバスに乗ってくるのか?いきなり偉大なお方を称える歌を強制されるのか?我々日本人観光客は殲滅されちゃうのか?答えはCMのあとで。

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