開城ツアー体験記(4)/後ろを横切る青いヤツ
 民俗旅館での昼食を終え、午後の部に入った。道中、満員の北朝鮮労働者を乗せた現代社製の青いバスを見て衝撃を受けた私だが、そんなこととは関係なく我々を乗せたバスは次の目的地へ。
8.後ろを横切る青いヤツ
 バスは開城新聞社前に駐車。「偉大な将軍様の先軍思想を輝かしく実現させよう!」とのスローガンが目に入る。バスから降りてそのまますぐ近くのッ陽書院に連れて行かれるのだが、先ほどの民俗旅館のように門で隔離されるわけではないので、現代アサンの社員が開城新聞社前で観光客を監視するように立ちはだかっていた。先ほども見かけた現代社製の青いバスが一杯の人民を乗せて通過してゆく。

 ッ陽書院の見学はあっという間に終わり(てゆっかほとんど興味がない)、善竹橋に到着。北側ガイドが「これが善竹橋です。とっても大きいでしょ。」と笑いを誘う。ってことは韓国人はもっと大きくて立派だと思っていたワケだな。ナニゲに北朝鮮版がっかりスポット(失礼!!)なのかもしれない。
善竹橋を見物するたくさんの韓国人客。 今回の観光地で何度も目撃した案内板。上は善竹橋のもの。
 善竹橋は何度か来ているが、観光客など見たこともなかった。しかし本日は人・人・人・・・。旅とは非日常との出会いである。北朝鮮という非日常世界の中で、観光地に人が一人もいないってのも日本人にとっては非日常のひとつである。しかし人がいないという日常に突然大量の観光客がやってくるというのも北朝鮮ではある意味非日常でありその非日常を・・・え〜いややこしい。

 今回訪れた観光地で必ず見かけた石の案内板(右上画像)。ちょっと薄手に作ってあるのがオシャレ。でも偉大なお方の名前はお約束どおりに赤く書かれている。この開城ツアーに合わせて立てたのかと思っていたが、2002年の大型マスゲーム“アリラン”の時はすでにあった。てゆっか私が当時撮った画像を整理していたらちゃんとあったのだ。アリランに合わせて作ったんだろうな。善竹橋近くに「平壌冷麺」と書かれた看板があり、ガイドさんに「あれ撮っていいですか?」と聞いたらやっぱし「ダメ。」だって。30分ほど滞在し、高麗博物館へ。

高麗博物館構内にある案内図。え!?後ろを何か青いヤツが横切っているのが見えるって?なんだろうなあ・・。みんなはそんなこと気にしないようにね。 新装なった高麗記念品商店(という名前なのだ)。この後ドワーッと客が入ってきた。赤い看板には「いらっしゃいませ」と書かれている。
 高麗博物館・・・。スマンがもう何度も来ているし、北マニアとしては特に見るべきところもない。ガイドさんに一言断って早々に博物館の外に出た。そこには観光客を待ち構えているかのように(てゆっかまさにそのとおりなのだが)みやげ物店が存在している。以前に比べて売り場が3倍くらいの規模になっており、品数も充実し(以前に比べればだが)、ぶどう味の炭酸水と思われる商品が「葡萄炭酸甘い水」という商品名(?)だったり、ビスケットサンドみたいなお菓子が「挟み菓子」というこれまたイカした商品名(?)だったりするのが北朝鮮っぽくてナイスだが、特に購買意欲をそそられるものはない。ただ売店の内装もきれいにしたようだし、売り子の数も増えていた。そういえば高麗博物館到着時に北側ガイドさんが「時間はたくさんありますから、ゆっくり見てください。」と言っていたがそれは「たくさん買ってください。」という意味も含んでいたのか!?

 私は高麗博物館はほとんど見ずに出てきたのだが(でも構内のトイレがきれいになっていたのはうれしかった)、店内を観察しているうちに博物館見物を終えた韓国人客が押し寄せるようにやってきた。しまった販売員同志に話しかけたりツーショットお願いしたりしとけばよかった!色白で朝鮮的に可愛い同志もいたのに!!と思うまもなく人の波に追いやられるように店の外に出てきてしまった。売り場面積に比して売り子の数が多いと感じていたが、あれだけ集中豪雨的に客が来れば、ちょうどいいのかも知れない。
高麗博物館前に駐車中のバス。ナンバープレートに注目。 現代アサンの先導車。こちらもナンバープレートに注目
 ここでは一時間ほどの時間がある。北側ガイドが客に向かってあれ買えこれ買えとけしかけることもなく、博物館の説明が終わるとヒマそうに南側ガイドとダベったりしている。私もこのチャンスに北側ガイドと少しお話をした(てゆっか完全に顔を覚えられてしまって、向こうから話しかけてきた)。この時間が今回の開城ツアーで最も充実していたと言えるかもしれない(内容はナイショ)。

 それからこの時気づいたのだが、上の画像でもわかるとおり、バスはすべてナンバープレートを隠している。現代アサンの車は隠すどころか「Opening the way 現代アサン」と書かれたナンバープレート(てゆっかそもそもこれはナンバーと言えるのか?)。で走っていた。

9.開城を離れ韓国へ。土壇場でツーショット成功か?

 約1時間高麗博物館&売店に滞在したあと15時50分発。観光はこれですべて終了し、韓国に帰るのである。左側に「米帝を打倒しよう!」と書かれたスローガンや、なぜか偉大なお方の肖像画があるべき部分にない校舎(撤去した跡らしきものが見える)なんかを眺めながら南下する。 16時10分、再び開城工業団地にさしかかる。全くの別世界だ。道路はきれいに舗装され、交通信号の赤や緑もまぶしいほどだ。先導車に導かれたバスは、その赤信号で止まることもなく団地内部へと入っていく。往路は外周を通っただけなので違うルートである。

 バスはゆっくりと走っている。北側ガイドが入居企業名を紹介する。ずっと「北側」「南側」と言ってきた彼だが、固有名詞は「韓国○○会社」と発音していた。向かって左側に鉄道の引込み線が見えるが車輌はひとつもない。。時間的に降りる余裕はないだろうと感じていたが、やはりそのとおりで工業団地では入居企業を視察することもなく北側出入事務所へ到着。左側に板門駅が見える。

 北側ガイドさんとはここでお別れ。下車する観光客一人一人に「カムサハムニダ」とあいさつする彼。私も「さようなら。また会いましょう。」とあいさつをして別れた。彼は終始紳士的な態度であり、好感が持てた。ただ個人的には次回はアクの強いK-oyaji的ガイドも経験してみたい。

 バスを降りるとすぐに出境手続きが始まる。出境の列に並ぶ私。ところが左側に窓があり、そこから若い女性二人の上半身が見えている。売店だ。出境前最後の売店でございますなどと声を上げることもなく、控えめに客を待っているという印象である。主力商品はお酒だったが、今日北側で見てきた売店の女性とは違ってスーツっぽいOLのような格好をこの二人はしていた。しかもカワイイ。これまで一枚もツーショットに成功していない私が「写真撮っていいですか?」と聞くと恥らいながら「・・・はい。」と応じようとする二人(北朝鮮っぽい!!)。その時後方から「写真はダメですよ。」との声。韓国から一緒だった日本語ガイドさんである。そうかここはまだ北朝鮮だったのだ。通常の北朝鮮ツアーでは当然許される行動が身にしみついていることと、緊張感が薄れたタイミングだったことが私を撮影に走らせたのだったが、ここはガイドさんの言うとおり自粛した。

 この売店は一番左側の出境の列のさらに左にある。OL風二人組の、一部金歯の同志はかなりカワイイ。写真撮影を禁じられ落胆する私を慰めるかのように、列に並んでいる間何度も何度も手を振ってくれた。最後にヨい思い出ができたがやっぱし写真は撮りたかった。

 さて、最後に残った懸案のデジカメチェックであるが、あまりにも多くの観光客であったため、全員全枚チェックなどとうてい無理だろうと思っていたところやはりそのとおりで、私はチェックさえされなかった。細かくチェックされていた客もいたが、出境手続きは全体で10分程度で終わり、たいした問題も起きなかったようである。BGMに♪アンニョン〜ヒタシマンナヨー(お元気で。また会いましょう)が流れている北側出入境事務所ともここでお別れである。

 16時40分。再びバスに乗り韓国側へ向かう。ところがバスは走り出したと思ったらすぐ止まってしまった。「韓国側入境手続きは午後5時から始まるので時間調整をする。」とのこと。16時53分。再びバスは走り出す。左側に並んだ街灯には統一旗のデザインが。鉄道とも併走している。鉄道は途中何箇所もゲートが閉じられ寸断されているのがわかる。貨物列車が通過する際にはその都度開け閉めするのだろう。17時韓国側入境手続き開始。北朝鮮側から持ち込まれる本やみやげ物を厳しくチェックしている風でもなく無事通過。朝預けた電子辞書を返してもらい一気に緊張は解けた。

 江北4号と表示されたバスに乗り換えて17時18分出発。遠足は終わったのに強制的におうちまで送っていかれるような妙な気分である。お世話になった日本語ガイドさんも途中で下車し、我々も景福宮近くで降りた(朝の乗車地点の光化門には行かない)。 こうして私にとって初の陸路38度線越え日帰り開城ツアーは幕を閉じたのであった。

 焼失したばかりのソウル南大門近くの安モーテルに戻った私は、HITEビールを飲みながら今日の出来事を思い出していた。現代社製の青いバスで開城市内と工業団地とを往復する大量の北朝鮮プロレタリアートたち。物見遊山の韓国人観光客に開城を案内する浅黒く日焼けした北朝鮮ガイドたち。数キロとおかずにツアーバスを監視している朝鮮人民軍兵士たち。にこやかな金歯のOL風売店の店員同志はやはり開城市内から通っているのだろうか?韓国人観光客だけではなく、下手な朝鮮語を話す日本人を見てどう思っただろうか。

 ゆうべほとんど寝ていなかったのとビールの酔いとで朦朧としてきた私は、灯りをつけたまま寝入ってしまった。テレビの3.1節特別番組を見たような気もするが見なかったような気もする。(2008年3月1日ツアー参加)

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