造船同志の中国東北部北レスレポ

 中国東北部の北レス事情にお詳しい造船同志が4月中旬訪中、レポを送ってくださいましたのでここに掲載します(画像も全て造船同志の提供によるもの)。ありがとう!!造船同志!!(青字部分が私のコメント)

1)丹東

 丹東には、「海棠花」、「玉流館」、「三池淵」など、一見すると共和国の関係かと思う食堂が何軒もありました。しかし、共和国の国旗を揚げているにも関わらず店内では全く朝鮮語が通じないなどということがあり(「海棠花」のみ確認)、これらが何者なのか私には分かりません。

丹東玉流館は北レスではない旨、ぽちょんぼ特派員同志が以前報告してくれましたが、上の3枚はみな北朝鮮風の店名ですね。玉流館以外は国旗もはっきり見えます。右端が「三池淵」ですが、「七宝健康苑」というこれまた北朝鮮風の名称も見えます。これらは以前は北朝鮮の経営であっても、何らかの事情で引き上げてしまい、店舗をそのまま使っている可能性もあるのではないでしょうか?実際に長春アリラン館広州木蘭館の例もありますし。私はこういったお店を「北メシ屋」として北レスとは区別することにしています。

 「安東閣」はどうも中身が変わったようですね。外見、全く変わった様子がないのですが。実際に入って確認したわけではありませんが、以前のような平壌勢で運営しているようには見えませんでした。ちなみに以前(2001年7月)は昼食に冷麺だけしか食べなかったところ、「簡単に食事をするんですね」と平壌の接待員に言われたのを覚えております。

 私の記憶している位置が正しければ、「清流館」は無くなっています。(確か、江沿街に面してましたよねえ???)江沿街と川の間は全て公園になっており、建物は一切ありませんでした。

 清流館はたしかに江沿街に面していました。その名のとおり、鴨緑江沿いの通りでしたが、再開発で取り壊しになったのでしょうきっと。

 食堂ではありませんが、「三池淵美術展示館」なるものを発見しました。これが共和国と如何なる関係にあるのか分かりませんが、ちょっと期待してしまいます。

 おおおおおっ!!「朝鮮画廊」という漢字表記も見えますね。朝鮮語の字体といい、色使いといい、限りなく朝鮮チックです。店内には革命画がところ狭しと並べられ、いつの間にか現れたチマチョゴリの美女の解説についついつられて気が付いたら大量に購入してしまっていた・・・でも日本までどうやって持って帰るんだという事態が想定されます。でも一度行ってみたいなあ。↓


2)延吉

 延吉の現在は、柳京ホテルを含めた四軒のようです。

「海棠花」ですが、以前と同じ場所で営業しております。ただ、以前の店は北京へ移り、昨年10月から別な人たちで営業を始めたとのことでした。

 「西山館」という店が開発区近くの長白路にあります。先月オープンしたようです。平壌西山ホテルの系列です。私達が行った時は、客が全く居ませんでした。出し物も本来はあるのかもしれませんが、なにせ客が二人なのでなにもありませんでした。そこで歌を歌ってくれと言ったら、ちょっと歌ってくれました。ちなみにキーボードは故障していると言ってました。

名前は分かりませんが、煙集の方の村に朝鮮食堂が一軒入っているようです。ただ、5月始めまで村自体が改装中で、私が行った時は営業しておりませんでした。

 おお!!海棠花復活ですか。「以前の店は北京に移って」ということは北京海棠花のことでしょう。朝日新聞でも取り上げられています。この北京海棠花、大連高麗館青島海棠花はいずれも平壌高麗ホテルの経営であることが明らかになっています(接待員同務の証言)。

 西山館は早く行かないとツブれそうですね(笑)。キーボードが故障ってのもサエませんし。朝鮮語店名の独特のロゴと、上から押しつぶしたような「平壌」の文字が印象的です。平壌西山ホテルからの派遣といえば大連金剛山がそうでしたが、日本人観光客がめったに泊まれないホテルだけに、なんだかロキロキしてしまいます。 「煙集」とは延吉市内の地名です。今回は正体が明らかになりませんでしたが、今後要チェックです。

「妙香飯店」は完全に無くなってました。「大同江飯店」は、以前と変わりなく店名だけが比較的状態良くのこってました。

 「豆満江飯店」はもうありません。跡地では現在、百貨店が建設中です。余談ですが、大連や丹東では中国語がある程度通じるのに対して、延吉ではどこもあまり通じませんでした。多くの北レスの接待員同務達は平壌出身者のようですが、派遣場所によって選抜基準や研修内容が違うのかも知れません。
 
 う〜ん「豆満江飯店」やはり取り壊しですか。残念。研修内容については、延吉は言うまでもなく朝鮮族自治区の中心ですし、韓国人客も多いでしょうから、あまり中国語の必要がないのかも知れません。

3)琿春

 琿春には「平壌金剛山食堂」がそのまま存在していました。金曜の午前10時半ごろ行きましたが、営業しているのかどうかまでは確認できませんでした。
 琿春は実はもう三年くらい行っていないのです。金剛山食堂の画像を見るのもはじめてなんです。この建物の上の階には生活臭がほとんど感じられませんが、それはともかく一度行ってみたいです。

 このレポは一ヶ月程度掲載し、その後各北レスに分割して再アップする予定です。造船同志からはこの他、瀋陽のレポもいただきましたが、それは別掲してあります。
                                      (2005年4月 造船同志訪問)

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